銀の影

暦の上では立春をとうに過ぎたというのに、未だ身を切るような冷たさが身を包む。吹き荒ぶ風から守るように上着の襟元に顔を埋めた牧之介の横を、あまりの寒さに悲鳴混じりの声を上げながらも、楽しげに少女達が駆けて行った。 

 赤と茶色の装飾に埋めつくされた通りに立つ自分が場違いに感じられ、手に提げた小さな紙袋を何となしに振りそうになるのを慌てて抑える。先程まで居たガラス張りの店で買ったそれは、新左ヱ門に渡す物だった。

 ちらほらと男性も見えるものの、圧倒的に女性が多い店内に気後れしつつ、どうにかこうにか選んだのだ。普段ならば足を踏み入れることも無い場所で小一時間ほど悩みに悩んだのだから、渡す前に壊してしまっては元も子もない。

 人混みを通り抜けながら、牧之介は数年前の今頃のことを思い返していた。一応買っておいたチョコレートは、私の腹の中行きになってしまったのだったなぁ。それから、毎年この時期は新左ヱ門に贈られる菓子の消費を手伝うようになって、去年の灰洲なんかあいつに胃薬渡してたっけ。……今年も用意しないつもりだったけど、いつも何かしら貰ってばかりだし、菓子以外ならあいつの負担にならずに済むかもしれない。
 あれこれと考えた末に、一週間前に新左ヱ門がネクタイピンが壊れたと言っていたのを思い出したのだった。

 ──頻繁に身に着ける訳では無いが、出版社主催の祝賀会や結婚式などでは無いと困る物だからな。厳密に言えば、タイピンとタイバーは異なる物で…………


 その話を聞いた時は、そういうものなのかと頷いていただけだったが、いざその品(新左ヱ門曰くタイバー)を選ぶとなると、何故もっと詳しく尋ねなかったのだと牧之介は過去の己を問い詰めたくなった。
 眉間に皺を寄せて悩む姿を見かねたのか、話しかけてきた店員にも手伝って貰い選んだ銀色に輝くそれは、一見簡素な造りのものだった。

 先端にかけて捻りを加えられたデザインに、社名を示す丸みを帯びたエムの小さなロゴ。華美な装飾さえ無いが、どのようなネクタイにも持って来いだと販売員のお墨付きだった。
 柄が入っているものや瑠璃を埋め込んだものなど他に派手な物もあったが、白刃のような輝きを持つそれが、新左ヱ門には一等似合うだろう、と何処か確信めいた想いで、牧之介は小さな箱に収められラッピングされていく白銀を眺めていた。

 (柄じゃ無いのは自分でもわかっているが……)
 所詮こっちのエゴなのだ。まあ、当たって砕けろとも言うしな。

 牧之介は胸中でそう呟き、ひらひらと風花が舞う中を足早に歩いて行くのだった。

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