冴え冴えとした月の影が薄く降り積もった雪を照らしている。今宵は十六夜で、忍びの仕事には不向きな夜だ。だが幸い一日の業務を終え、あとは入浴して寝るだけだった。
もう遅い時間である為だろう。浴場には五年と六年の生徒が数人と先生方しか居ない。挨拶を交わしつつ、糠袋で身体を清めていく。
学園に来た頃は湯屋と異なる形式に些か戸惑ったものだが、今やすっかり慣れ、桶に湯を張らなければ落ち着かなくなってしまった。
……それにしても今日は随分と視線が多い。先程から生徒達は顔を赤くしてこちらをちらちらと見ているが、気づかれぬとでも思っているのだろうか。同時に、先生方からはやけに生温い視線を頂戴している。髪を洗い流して生徒達の方に目を向けると、彼らは一様に慌てて顔を逸らした。
何故斯様な眼差しを向けるのか、とんと見当がつかぬが不快という程のものでもない。放っておいても良いだろう。
先に入っている者達に一声かけてから湯船に浸かる。不意に疼くように痛み始めた背中に内心で首を傾げるも、すぐに合点がいった。熱い湯がぴりぴりと傷に沁みているのを感じて、未だ気もそぞろな様子の生徒達の反応が腑に落ちる。道理で視線が煩いわけだ。
壁際まで移動して背中を預け、瞼を閉じると、昨夜の情景がありありと想い出された。
縋りつくように背中に回された腕に、耳元で響く吐息。あえかな嬌声が耳に心地良く、日焼けしていない白い肌に咲かせた数多の花がよく映えている。
跳ねる肢体を抱え込み、浅い呼吸を繰り返す相手の唇を食むと、常の大胆さとは裏腹におずおずと応えを返すのがやけにおかしかった。
爪痕の痛みに意識が引き戻され、目を静かに開ける。其処には既に牧之介の姿は無く、ただゆらゆらと揺れる波と立ち上る湯気しか無かった。
……今頃、あいつも想い出していれば良いと望むのは我儘だろうか。