琥珀色の消失

はてさてどうしたものか。
 手元には小さな化粧箱がある。黒い蓋に金の輝く印字、光沢のある紫色のリボンが結ばれたそれは、洒落っ気のないこの部屋には凡そ不釣り合いなものだ。
 ため息を吐いて、頭をガリガリと掻く。
 新左ヱ門の家に寄ってきただけだというのに、何だか妙に疲れてしまった。それもこれも、眼の前の菓子のせいだ。
 今日はバレンタインデー。猫も杓子もチョコレートの日である。
 本来ならば、あいつに渡す筈だったのだが、何となく持って帰ってきてしまったのだ。

 戸部ちゃんが悪くないことなんざわかってる。でも、俺には未成年だからって頑なに手を出してこないのに、明らかに本命なのがわかりきっているチョコは貰うのかと思うと、正直おもしろくなかった。しかも、机いっぱいに溢れるくらいだ。新左ヱ門がモテるのは前世からだし、あいつがモテるのは当然だとは思うが、まさか漫画の登場人物じゃあるまいし、あんな光景を現実で見ることは無いと思っていた。
羨ましくなんかないぞ。ないったらない。私だって一年ぐらい前までは女子から貰っていたし、何なら今だって近所のばあちゃん達からいっぱい貰ってる。
 ……まあ、女子からは友チョコで、ばあちゃん達がくれるのは何故か殆ど和菓子なんだけどな。


 悲鳴のような音で現実に引き戻された。どうやらお湯が沸いたらしい。
 「ココアでも淹れるか」
 マシュマロを浮かべたら楽しいが、今日は我慢だ。
 湯気の立つカップを置き、小さな卓袱台に鎮座するそれを開封する。
 仕方ない。棄てるのは勿体ないので、食べてしまおう。

 整然と並んだ五つのビターチョコの中から、一つ取り上げて口に入れる。
 あいつ好みの甘さ控えめなチョコレートが口の中で溶け、とろりとしたブランデーが喉を焼いていく。最後に、甘い果実のような香りが鼻を抜けていった。
 ……流石に奮発しただけあって美味いな。
 同じように酒が練り込まれている生チョコと迷ったが、こっちで正解だったかもなあ。
 そんなことを考えつつ、二つ目を手に取った。

 律儀なあいつのことだ。難儀しながらも、来月までには全て食べてしまうのだろう。そして、何だかんだでホワイトデーもきちんと準備するのだ。
 まあ、今度からは用意する必要がなくなったと思って、良しとしよう。寧ろ、あれ以上菓子が増えても喜ばないだろ。新左ヱ門も甘味は然程得意ではないのだし、負担になるだけだ。

 残り三つになったチョコレートを纏めて口の中に放り入れる。そのまま咀嚼し、溢れて混ざりあう洋酒ごと温かいココアで流し込む。熱さに涙目になりながら、甘ったるい液体を飲み干した。

 「……酷い味だなぁ」
 チリチリと胸を灼くような熱は、きっと、酒のせいだ。

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