思慕

「──どうして牧之介はそんなに戸部先生に拘るの?」

きっかけは何だっただろう。確か、いつもどおり忍術学園を訪ねて、新左ヱ門と勝負しようとしたのだった。だが、目的の相手はおらず、挙げ句忍たま達に石を投げられそうになった時、金吾に怪訝そうに尋ねられたのだ。
 「どうして、か……」
 よくわからない。私はあいつのことをライバルだと思っていて勝負したいと願うのに、それの何が不思議なのだろう。

考え込みながら歩いていると、青紫色のオダマキが所々に咲いていることに気がついた。
 そう言えば、母上はオダマキの花が一等好きだったな。そして、花に詳しい人だった。私は花を見る母上が好きで、いつも教えを強請っていた。


「この花はオダマキと言うの。綺麗な花だけど、毒があるから気をつけなさい。オダマキと言えば、こんな歌があって……」

しずやしず しずのおだまき 繰り返し 昔を今に なすよしもがな

「すてきな歌でしょう?……ふふ、今は理解できなくとも、大きくなったらわかるようになるわ」


 今思えば幼子に話すような歌ではないと思うのだが。少しおかしくなって、樹の下に座り込んだ。 思考が纏まらない。ちょっとだけ休憩していこう。

私が新左ヱ門に拘るのは、そんなにおかしなことなのだろうか。あいつに勝ちたいと思うのは、特に変ではないはずだ。何せ、私は剣豪なのだから。……待てよ、そもそも何故私はこんなに戸部のことを考えるのだろう。


 「好きなこと、好きなもの、何だって良いの。それを少しずつ増やしていきなさい」

不意に母上の言葉を思い出す。好きなもの……?
 …………そうか。私は新左ヱ門のことが好きなのか。  
 あれだけぐるぐると纏まらなかった考えが、急にすとんと腑に落ちた。
 「そういうことだったのか」

──あいつの太刀筋が好きだ。めっぽう強いのに、鍛錬を欠かさず、己に厳しいところも。ああ、それから、迷惑そうな顔をしつつ、何だかんだ構ってくれるところも。


 「牧之介、いずれお前にも好いた者ができるでしょう。その時は勇気をもってね。あなたがその人を幸せにするのではなく、一緒に幸せにならなくてはだめよ。母との約束よ……独りよがりの愛など、何も伝わらないのだから」

ああ、母上。確かに理解はできました。しかし、約束は守れそうにありません。

 

「お前は花が好きなのね。あら、その花は──」


「芝付の 御宇良崎なる 根都古草 逢ひ見ずあらば 吾恋ひめやも、か」
 柄でもない。そう独りごちる。
 あいつに嫌われているのはわかってる。それでもあいつが好きなことは変わらない。だから、この心は告げなくて良い。
 私は花房牧之介で、剣豪で、戸部新左ヱ門のライバルだ。
 ……それが全てなのだから。

少しの間だけ目を瞑る。瞼を開けると、何かを振り払うように勢いよく立ち上がり、再び歩き出す。
 視界の片隅で、捩花が風に揺られているのが見えた。

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