どんよりと淡い灰色に染まった空とは対照的に、冬の街は賑やかな音楽に溢れていた。この時期は何処も彼処も緑と赤に満ちていて、眼がちかちかする。
ポケットの中のスマホは未だ黙りこくったままだ。何の音沙汰もなく、約束の時間から既に三十分は経っている。
元々、私と違って筆まめで律儀な男だ。理由もなしに時間に遅れたり、約束事をすっぽかすような奴ではない。
空腹で倒れているにしても、何らかの連絡は寄越すはずだ。
……多分、寝ているのだろう。
一人でただ待っているのも退屈になってきたし、確認に行ってみるか。
凍えそうな寒さに身を竦ませながら、新左ヱ門の家へと足を向けた。
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一応何度か連絡したが、返事はやはり無いままで既読すら付かない。
玄関の呼び鈴を鳴らそうとして、故障中だったのを思い出す。そういえば、取り付け工事は早くても年明けになりそうだと言っていたな。
預かっている合鍵を取り出し、戸を開ける。キーケースに付けたそれと自分のアパートの鍵が触れ合い、掠れた金属音を立てた。お互いの安否確認の為に交換していたのは正解だったらしい。
気配を殺して静かに廊下を進み、居間へ向かうと案の定、新左ヱ門が畳の上に倒れていた。
……予想通り、眠っているだけのようだ。良かった。
いつの間にか詰めていた息を吐いて辺りを見回すも、中々に酷い有様だった。
炬燵の上にはパソコンが置かれ、周囲には資料用の本が散乱している。
夢中になると円状に散らかす癖はどうにかならないのか…。取り敢えず適当に積み上げて部屋の端の方へ寄せる。
ちらりと見えた台所の方には、栄養ドリンクの空き瓶が隊列のように並んでいた。仕事納めの為に最後の追い込みをかけたのだろう。
室町の頃は、こうやって忍び込もうと思っても、気配に気づいて家に入る前から目を覚ましていたものだが。
新左ヱ門は着替える前に気絶してしまったようで、薄手の部屋着のままだった。
「……せめて炬燵で寝てくれ」
何か掛ける物はあっただろうか。
私の上着で良いか。無いよりはマシだろ。
着ていた上着を脱いで掛けるが、丈が全く足りないし、やっぱりこれだけじゃ心許ないな。
確か…………あった。
起こさないように、探し出した大きめの膝掛けもそっと掛ける。これで少しは寒くないと良いんだが。
死んだように眠り込む新左ヱ門の顔を覗き込んだ。その目元には濃い隈ができている。大方、締切に間に合わせるのに徹夜したんだろうなあ。
こいつの小説は時代物が殆どな為、時代考証の確認に手間取ることが多い。逐一確認しなければ気が済まないその性分が、毎回、己の首を締めていることにいい加減気づけば良いのに。
新左ヱ門の隣に寝転び、もぞもぞと身を寄せた。黒々とした隈をなぞってみるが、疲れきっているのか起きそうにない。
……今日は無理だな。この調子では暫く寝てるだろう。
まあ、こんな日も悪くない。
眠くなってきたし、少しだけ私も寝て、その後で読みたかった本を読もう。そう言えば、ゲームもやりたかったんだった。最近は忙しくて全然できてなかったからなぁ。
夕方になったら新左ヱ門を起こして、それから──