人目よくらむ

激しく揺さぶられたような気分で、新左ヱ門は瞼を開けた。寝台の上で何度か瞬きを繰り返すと、轟たる地響きを立てて雷が落ちていった。
 急激な覚醒は就寝前から降りそそいでいた雷雨によるものだったらしい。
 薄暗い室内には、勢いよく窓を叩く雨音が響いている。枕元の時計は無機質に朝の4時を示していた。

 (…………また、あの夢か)
 先程まで辿っていた夢路は、物心ついた頃から度々見ているもので、最早何度目なのかもわからなかった。
 夢寐の自分は大抵、刀を佩いて学び舎らしき場所に居たり、忍び装束を着た人々に囲まれていたりとまるで戦国時代に生きているようだった。
 時折、誰かと斬り結ぶこともあったが、相手の顔はいつも見えない。
 正確に言えば、風景や装束は鮮やかに見えているのに、人の顔が認識できないのだ。
 自身の口は勝手に動いて何か答うが、眼前の人間の声はまともに聴こえやしない。何処か聞き覚えのある声だとは思う。だのに、誰の声かはわからない。
 刃を交えている者や話している相手の容貌は、水に濡れて滲んだ紙のようにぼやけていて不明瞭のままだが、嗅いだことの無いはずの硝煙と鉄錆の臭い、縹色の小袖、子どもらの丸い頭、鍔迫り合いの音、そういうものだけは酷く鮮明だった。

 ──前世の記憶。
 脳裡に思い浮かんだその言葉を、即座に打ち捨てる。随分とオカルトめいた思考だ。
 だが、夢の残影を掴もうとしては、失敗することをもう幾度繰り返したのだろう。  
 たかが夢だと思ってしまえば、それで終わりの筈だが、霞みがかった頭には何かを忘失しているような不快感が常に付きまとっていた。
 彼らは一体誰なのか。そして、私は何を忘れているのだろうか。
 
 
 耳を劈くような雷鳴で男は我に返った。汗が一滴、背中を滑り落ちていくのを感じる。鈍い痛みを訴える頭を僅かに振って、再び身体を横たえる。
 礫の如き雨に混じって、風が窓を揺らし、啜り泣きにも似た音を立てていた。カーテン越しでも眩い稲光が部屋を照らした矢先、心臓まで揺らす程の音が響き渡る。
 漠然とした不安と焦燥感は、胸中で重みを増し続けている。その鬼胎から解放される時が訪うことを願って、迷い人は瞼を閉じるのだった。

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