腕の中でやわらかな肢体が跳ねるように動く。上気した頬に唇を寄せ、そっと口を吸う。そのまま顎のラインを唇でなぞっていき、頤まで辿れば鼻にかかった声が聞こえた。
その声を追いかけるように牧之介の下唇を軽く食み、上唇の膨らみも舌でなぞる。それから深く口づけて、今度は舌を差し入れた。
「ん……っ」
口蓋を舐め、舌を絡めると肩が小さく震えた。宥めるように背中を撫でれば、腕が首に回される。ねだるような仕草に気を良くして、角度を変えながら何度も口づけた。
抱きしめたまま徐々に歩を進め、牧之介を壁際に追い詰めていく。
熱く滑らかな口腔内を味わい、舌先に軽く歯を立てれば、触れている腰が揺れるのがわかった。
──私ばかりが求めているのかもしれない。そう思う度に、己の浅ましさに嫌気が差す。
こいつが私を好いていることなぞ、わかりきっているし知っている筈だというのに。
そうでなければ、かつて何れ程厭われようとも諦めずに付きまとい、追いかけ、手を伸ばしてくることなぞ無かっただろう。
身体を壁に軽く押し付けて、服の裾から片手を侵入させる。びくりと震えた脇腹を撫で、肉の感触を愉しみながら愛撫していく。肌理細かな皮膚は仄かに熱い。惑う舌を自分のそれで暴き、音が立つのも構わず啜る。あと二本腕があれば、その耳を塞いで響く音だけを聞かせてやれたのだが。
もう数え切れぬ程しているのに、いつまでも慣れないのか、牧之介は必死な様子で鼻で呼吸を繰り返している。
首に回されていた手は、いつの間にか背中でシャツの布地を握り締めていた。
久々に会うとはいえ、性急すぎたやもしれぬ。頭ではそう思うのに、お世辞にもふるまいは節度を保っているとは言えないものだった。焦燥感にも似た衝動が喉をひりつかせ、体温が上がっているのを感じる。少し歩きさえすれば寝台があるというのに、たった数メートルの距離が酷く遠い。
その白いすべらかな肌を露わにして、齧りつきたい。舐めて、吸って、人目につく所にも痕を残したい。
そんなことを告げれば、またお前は趣味が悪いと返すのだろう。そして、仕方ないなぁと言わんばかりの顔で、受け入れてくれるのだ。
愚かな私は、際限の無い慾を抱いてそれに甘え、与えられれば与えられるほどに、限度を知らぬ子どもの如き有り様で欲しがり続けているというのに。
「──ッ」
背中への弱々しい打擲で思考が中断され、慌てて牧之介の唇を解放すると、崩れ落ちるように凭れてきた。身を震わせながら、苦しげな呼吸音を繰り返すその背を後悔と共に何度か撫ぜる。
やがて、胸に埋められていた顔が上げられ、恨めしげな濡れた瞳と目が合った。
「……すまない。抑えが効かなかった」
いつもならば、口吸いが長すぎるだの、死ぬかと思っただの抗議があるのだが。
「急ぎすぎたな。場所を──っ!?」
胸ぐらを掴まれ、強く引き寄せられたと思った矢先、唇に何か当たる。仄かな熱を持ち、やわらかで弾力のあるそれは確かに先程まで触れていたもので。
反射的に口を開けば、口内で控えめながらも湿った音を暫く響かせた後、下唇を舌でなぞってから歯を立てずに私の唇を食み、ゆっくりと離れていった。
「……これでおあいこ、だな」
してやったりといった様子の牧之介が、鮮やかな赤に染まった舌で唇をぺろりと舐める。表情は得意気だというのに、その様子はあまりにも煽情的で、蠱惑的だった。